無意識の働きと行動|夢とコンプレックスについて



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無意識の行動

あなたは自分の行動をふりかえって「どうしてこんなことをしたのだろう」「どうして私はこういうふうに感じてしまうのだろう」と思ったことはありませんか。

私たちは自分でもいろいろな判断や行動をしているのですが、その理由を考えたとき、案外思い当たることは少ないと思われます。

「どうしてこの人を好きになったんだろう」「どうして今の仕事(学校)を選んだのだろう」「どうしてこの友だちとは仲良くできないのだろう」「どうして昨日言われたことがこんなに気になっているんだろう」「どうしていつも……」と考えていくと、自分のことなのに、袋小路に入っていくようにわからなくなっていってしまいます。

こういった疑問にヒントを与えてくれるのが「無意識」の研究です。無意識という言葉は私たちも、日頃の会話の中でそれこそ無意識に使っています。その使い方はたいてい”思わず”とか”本能的に”とか”深く考えないで”といったような意味合いで使っているようです。

反対に「意識」という言葉を使うときは”考えに入れて”とか”気にして”とか“わざと”といった意味となります。

いずれにしても「意識」しているときは、その過程をあとからふりかえろうと思えば、それが可能な状態であるといえるでしょう。それに対して「無意識」という言葉を使うときは、ポッカリと穴が空いたかのようにその過程がつかめない状態といえるのではないでしょうか。

その無意識のはたらきの重要性を指摘したのが、精神分析の創始者であるS.フロイトです。フロイトは人間の行動を支配しているのは、意識ではなくて無意識の力によるものが大きいとして、その無意識の世界を知るための研究を積み重ねました。

無意識の発見

フロイトは19世紀の終わり頃,神経症の患者の治療にあたっていて、無意識の存在に気がつきました。そして神経症の症状を出させているのは、この無意識の世界に抑圧されているものが影響して、そうさせているのだという理論を提唱しました。それが現在の精神分析の始まりといわれています。

もちろん当時からも、そして現在でも、この見ることのできない無意識の存在に対して否定的な意見をもつ研究者は少なくありません。

しかし、フロイト以降その流れを受け継いだ研究者たちの成果は、治療の現場だけでなく、精神医学や心理学の分野で、無視することのできない存在となっています。

無意識を知る方法

しかし、見ることのできない、したがって存在を証明することのできない無意識の世界をどうやって研究していけばよいのでしょう。

フロイトは患者の埋もれた記憶を引き出す方法として、白山連想法を考えだしました。

これは、長椅子の上に寝て、思いつくままに連想を話していく方法です。こうすることによって、意識の世界から締め出されていた経験が徐々に現われてくるというのです。

そして、その内容をさまざまな精神分析理論を使って、解釈することによって、その人の無意識の世界を整理し、そのあり方を理解しようとするのです。

そのうえで、現実の行動を理解しようとすれば、意識の世界だけでは整理できなかったものが、それなりの形で理解できるようになるというのです。

つまり、無意識の存在を認めてその世界を探ろうとすることは、個人のこころの動きを理解するときのひとつの視点や枠組みであって、それ以上でもそれ以下でもないといえます。

ユッグは,このフロイトの流れを汲みながら、途中から独自の理論を展開していきました。彼は特に無意識の働きに関する研究を大きく進歩させました。フロイトも行なっていた夢の分析にも独特の理論を用いて精力を注ぎました。

フロイトは、夢にはその人の無意識の抑圧された欲求や不安などが象徴的に現われるとしています。また、ユッグは夢にはその人の無意識の姿が物語のテーマとして現われるとしています。

コンプレックスとは

またユングは、今日一般にもよく使われる「コンプレックス」という言葉を、現在用いられているような意味で使用した最初の人でもあります。

ただし、今日日常的に「コップレックス」というと”劣等感”の意味のように使われますが、ここでいう「コンプレックス」は若干異なります。

ユングによると、コンプレックスとは無意識の世界に存在するある1つの感情によって色づけされた複合体となります。幼児期からの成長過程で受けた意識の世界にはおきたくないような、いやな感情体験などが核となって、その後の似たような感情体験がどんどん吸収され て、ある1つのまとまりをもつようになるというのです。

このコンプレックスは、意識の機能の中心である自我の統制から外れて存在しており、その感情を刺激されるような事態になると、突如として頭をもたげて、自我の統制を脅かすものとされています。

したがってその現われ方は、意識のうえでは突然で、なぜ起こったかわからないようなことが多いと考えられます。

このコンプレックスは誰でも大なり小なりもっているものですが、その存在は、普段は意識のうえには現われてきません。しかし、それなりの大きさをもってくると、自我が脅かされるわけですから、なんらかの防衛をしなければなりません。それが、自我の防衛機制です。

この防衛機制が、日常の1つひとつの行動だけではなく、職業の選択や性格の形成にも大きな影響を及ぼすことになります。